「困り」

枝雀の「くっしゃみ講釈」がおもしろくて実家にあったDVD(「枝雀落語大全」第二集)で何回も見ていたのだが、『桂枝雀のらくご案内 枝雀と61人の仲間』の解説に「困り」という単語があった。連用形転成名詞ファン(マニアまでいかない)としては、大事にしたい。

「落語の「笑い」のパターンのひとつに「困り」というのがあります。この噺は「くしゃみ」という生理的な「困り」を扱っており、聞き手の皆さんにも経験のあることなので了解のとりやすいネタと言えましょう。(ちくま文庫68ペ)

『夏草の匂い』など

・高橋昌男の『夏草の匂い』の一部が教材になっていて、問題文の末尾=作品の終わりなのか続きが気になる、というので見ておこうと思ってそのままになっていたのだが、実家から講談社文芸文庫の『戦後短篇小説再発見』を持って帰ろうとしたらそのうちの1巻に入っていた(⑤生と死の光景)。

 やがて遊戯がはじまった。だが、どうしたことだろう、康之はつづけざまに四度も勝ち、そのために母とはだいぶ離れた位置に立つことになった。母はほほえみながら、石段の一番下に佇んでいる。彼は墓地から離れて行こうとするのに、母は相変らず墓地の中、父の墓の前にたたずんでいる。康之は母に勝って貰おうと必死になった。だが彼には、ジャンケンポンと声に出して手を振る動作が、何か母との別れの身ぶりのように思われてならなかった。そこで彼は不吉な思いを払いのけるように、大げさな身ぶりで、いっそう声を張りあげた。しかしその声は墓石の群れに撥ね返り、まだ夏のものである湧き立つ九月の空に、むなしく消えて行くだけだった。(163-164ペ)

ここで作品終わり、という感じがするだろうか?

・実家で『名塩史』をざっと見たが、本文には弓場勇のことは特に書いていなかった(巻末の年表には一行、50年ぶりに来訪したことが書いてあった)。『名塩雑時記』というのが去年出たそうなので http://najitan.atukan.com/syuppann/syuppan.html それも見たい。

米倉斉加年大阪文学学校の講師に来ていたらしい(ただし、母親が言っていたのはHPの年表 http://www.osaka-bungaku.or.jp/202enkaku.html にある年ではない)。

・昨日の日経の文化面で佐藤泰志が取り上げられていた。『海炭市叙景』は結局見てないけど、また映画化があるそうだ。『私の男』の映画は?だったので、飛びつく気もないが…。

伊豆のうどん粉 vs 伊豆のロドリコ

いしいひさいちの「ドーナツブックス」のサブタイトルの文芸作品のパロディはどれもいいが、最近「さよなら絶望先生」に「絶望文学集」という30作品分ほどのパロディがあるのを知った。

ドーナツブックス http://www.dajare.com/syakai/20010630.html
絶望文学集リスト http://wiki.kumetan.net/index.php?%E7%B5%B6%E6%9C%9B%E6%96%87%E5%AD%A6%E9%9B%86

個人的には、いしいひさいちの「伊豆のうどん粉」より「伊豆のロドリコ」のほうが好き。「ディエゴ抄」もむしょうにおかしい。
ただ「丸と罰」と「罪とボツ」ではやはり、前者のほうがいいだろう。
こう見ると、「逝国」「弔問の多い料理店」「金策寺」「赤疑のアン」とかのややブラックなもの、「愛のリコーダー」「おじの魔法使い」などバカバカしいものはなんとなくいしいひさいちっぽい。
ちなみに好きなのは、だからなんだ、という感じの「椎茸たべた人々」「毛沢東双六」「錯乱の園」あたり。
あと、大昔の週刊文春のエッセイの挿絵かなにかにあった、「麦と演技」(内館牧子「義務と演技」)などというのもなかなか意味深でよいと思う。

『輝ける闇』から

開高健の『輝ける闇』に「文章は形容詞から腐る」というような言葉があって、学部2年の冬ごろ家にあったのをはじめて読んでから大分経って思い出し、どこにどう書いてあったか探そうと思っていたのだが、なんとなくそのままにしていた。最近また思い出す機会があったのでざっと読み直してみたら、次のような部分だった。

 壁のどこかでダニエル・ダリュウが年齢とも思えない声で《さいごのダンスを私にとっといて》を唄っていた。革のように輝く声がうねり、叫び、遠ざかる。われわれは従順にアルジェリア産の赤を飲み、スープをすすり、肉を食べ、スフレをすくい、船のように重くなり、眼をうるませてタバコをくゆらした。大尉は私が小説家であることに興味を抱いたので、私は日本語には漢字とひらがなとカタカナの三種があって、小説家はその三種を縄のように編んで文章を書くのだが、主語が無数にある。英語のように《I》一つではすまないから、どの《I》を選ぶかでまず作品の雰囲気が決定される、これは他のどの国の作家にもない苦心のところだ。なかには《I》を作品中に一度も書かないですませられる手法もある。また、不可解であればあるだけ有難がられる傾向があるから、どの程度にそういうものを入れるかの計量がむつかしいのだと説明にかかった。はじめのうち大尉は東京の《ラテン・クォーター》で法外にボラれたことをこぼしていたが、つぎに日本は伝統を破壊せずに近代を導入することに成功した珍しい国で、いたるところに純粋があるといいだした。けれど私が文章作法を説明しつづけるうちに、だんだんとまなざしが朧になってきた。
食後のコーヒーをすすりながら大尉が、未知のものに対するありありとした、けれどひかえめな尊敬の口調でたずねた。
「あなたは才能のある人のようだ。私は日報しか書いたことがないけれど、小説を書くのはむつかしいものなんでしょうね。日本へ帰ったらこの国を舞台に小説を書くんでしょう?」
「いや、まだきめていません。小説を書くためにきたのじゃないんです」
「われわれのことも書くんでしょうな」
「もし書くとすれば匂いですね。いろいろな物のまわりにある匂いを書きたい。匂いのなかに本質があるんですから」
「日本語が読めないのでざんねんですよ。あなたの小説を読んでみたいな。一部、献辞と署名をして送ってくださいよ。ぜひね。けれど、私の考えでは、文学は匂いよりも使命を書くべきものではないですか。もちろんあなたの自由ですけれど、私なら使命を書く。匂いは消えても使命は消えませんからね。私ならそうする」
「使命は消えませんか?」
「消えませんとも」
「使命は時間がたつと解釈が変ってしまう。だけど匂いは変りませんよ。汗の匂いは汗の匂いだし、パパイヤの匂いはパパイヤの匂いだ。あれはあまり匂いませんけどね。匂いは消えないし、変らない。そういう匂いがある。消えないような匂いを書きたいんです。使命も匂いをたてますからね」
 壁にもたれ、ハイビスカスの花のかげでタバコを噛みながら、私は、小説は形容詞から朽ちる、生物の死体が眼やはらわたから、もっとも美味な部分からまっさきに腐りはじめるように、と考えていた。ひょっとしたら大尉が正しいのかもしれない。使命が骨なら、それはさいごまで残り、すべてが流失してから露出される。しかし、匂いが失せてからあらわれる骨とは何だろう。(新潮文庫107〜109ペ)

圧倒的に具体的描写が強い文章のどこにそのような一般的な言葉があるのかと思っていたが、たしかに前後の場面は話の本すじでもなく、具体的な場面として印象に残るものでもない(食事の場面なら、この部分の含まれる節冒頭の部分のほうが記憶に残っていた)。しかし、この言葉をこの小説の具体性のなかから抜き出して格言めいた使い方をするのは、「匂いが失せてからあらわれる骨とは何だろう」という独白のとおり、虚しいことかもしれない。

・ほかに、いくつか心に残っている部分があったのだが、それは昔他専修で書いたレポートにそのまま抜き出してあったので、探す手間(と楽しみ)は省けた。いずれも情婦の素娥と寝たあとの場面。

 とつぜん私は素娥をうながしてベッドからおりると、車庫のすみへ行って、土がめの水を浴びた。渇望していたとおりであった。夜ふけの素焼の土がめは肌がぐっしょり濡れて、水はふるえあがるほど冷たかった。闇のなかで彼女は私に触れて笑い、私は彼女をさぐって笑った。奥処の芽はすでにひきしまって硬くなっていた。私はコンクリート床に両手をつき、頭から水を浴びせてもらって、犬のように身ぶるいした。
 素娥はたくましく腿をひらき、
「……ああ。いいわ……」
 とつぶやいて、水を使った。
 ごぼごぼと音をたてて水が吸いこまれていった。河と、湾と、荒涼たるマングローヴの湿原が背に感じられた。億をもって数えられる私の種子が発熱した土のしたをくぐって海へ帰っていった。巨大なエイや伊勢海老の棲む南支那海へ鮭の仔のように帰っていった。(新潮文庫92ペ)

 暗い蚊帳のなかによこたわっているとヤモリの鳴く声がした。彼らは今夜も豆電球のまわりに群れて蚊をあさっていた。素娥はあえぎあえぎ下腹を波うたせ、咽喉を鳴らし、枕に顔を伏せていた。毛布をひきよせて背にかけてやると、かろうじて眼をあけ、ひろびろと微笑した。私は手をのばし、コンクリート床からシャツを拾うと、《バストス》を一本ぬきだして火をつけた。煙はにがく、タバコは湿っていた。ここでは何もかも湿る。水までが湿る。(新潮文庫149ペ)

ざっと読み直しただけだが、あまり印象になかった中学生のときの回想はラストと関わってたのだな。

『リツ子・その死』から

『リツ子・その死』の最後の場面に、次のような用例(最後の文)があった。明快な説明には困るが、いい用例だなと思う。作家の腕の見せ所であり、こういうものこそ「解釈」したくなる。

「ねえ、チチ。タロ、ポンポン大すき」
 と今度云う。
「そうか、おにぎりか」
 といつの頃からか空腹をポンポン大すきと云いはじめた我子の片言をいぶかりながら、肩の雑嚢を下ろすのである。
「ハハもきつい、きつい、って」
 と私は腰の骨壺をゆすって見せて、バンドに下げた締り目を解き、日溜りの砂の窪地に先ず置いて、それから自分も腰をおろした。
「太郎。母のポンポンの上で御飯を喰べようか」
「うん、うん」と太郎は嬉しそうに肯いて、
「ハハもおにぎり喰べたい、喰べたいって?」
 今度は私が笑って肯いてみせるのである。そこで骨壺の上に握り飯の竹の皮をのせた。発ち際に下のオバさんが作ってくれたおにぎりには、きっちりと沢庵が添えてある。その横に小さな茄子の味噌漬が光っていた。
「ほうら、太郎。味噌の骨」
 私はそれを指でつまんで、いぶかる太郎の口に入れてやる。
「すっぱい、すっぱい」と太郎が眉根を寄せている。
 「味噌の骨」には死者の思い出があった。食慾の無い日にはきまってリツ子が「ほらあの骨を」と狡そうに私に甘えて、下のおばさんから味噌漬をねだらせたものである。結核が腸に来たと自分でも知ってからは、いつとはなしにその「味噌の骨」を云わなくなった。言葉の「骨」を忌んだのであろう――。
何もかも済んで終った。見ろ、おまえの白け果てた骨の上に、こうして父と子が「味噌の骨」をのせて握り飯を喰べている。
(『リツ子・その死』新潮文庫303-304ペ)

『あしたのジョーは死んだのか』など

小学館の昭和文学全集別冊の年表を見ていたら、1978年7月の欄に「あしたのジョーは死んだのか」(朝稲日出夫、文芸展望)があって、単行本を震災前に父親の本棚(か、震災後の名塩の物置)で見かけたのを思い出した。表紙はジョーが椅子に座って真白になっているイラストそのままで、中身を読んでみた記憶もあるのだがその時は理解できず、勝手にノンフィクションとか考察本だと思っていた。しかしちょっと検索してみると青春小説のようで、太宰治賞の優秀作ということだった(??)。太宰賞の縁でかちくま文庫に入っているのでいずれ読もうと思うが、著者はwikiに立項されていないしコトバンクでは名前表記を間違えられている(?)ほどには知られていないようだ。あと、1987年に「シュージの放浪」という作品(これは年表には載っていない)が倉橋由美子の「アマノン国往還記」と同時で泉鏡花賞になったそうで、これも単行本になっている。どちらも私小説かどうかはわからないが、「あしたのジョーは死んだのか」のあらすじを見ると、父親がその時どう思って読んだかはちょっと知りたいところだった。

主人公の司郎は、高校卒業後も進路が定まらず、新宿のアパートを根城にして、金がなくなれば日雇い仕事で口を糊しつつ、時間があれば合気道道場に稽古に通うのを習慣にしている。そんな司郎が経験する「気づき」は、土方仕事の昼休み中の食堂や、稽古中の道場や、あるいは新宿駅のホームの階段や、はたまた登った木の枝の上など様々な場所で起こり、そして哲学書にあった不確定性原理と自由意志、日雇い人夫の顔に刻まれた悲嘆と貧窮、受身をとり損ねたときに襲った苦痛からの蘇生、アフリカのある部族に伝わるタブー、早朝の路上での街娼とのやり取りなどの話が伏線となって、相互に絡み合いながら彼の意識に化学反応をもたらす。そして、それぞれの「気づき」の場面で「ジョー」が姿を現し、あの不敵な笑みの、そして真っ白に燃え尽きた死の訳をも同時に司郎は悟り、自分の肉体の中だけで完結していた自己満足の甘ったれた心地よさからの決別の意志と、脱皮しつつある自分への期待に身を震わせて物語は終わる。(?より)

父親に電話で確認してみたところ、そういう本があったこと自体は覚えていたものの内容はまったく記憶になく、タイトルにひかれて買ったのだろうが、震災〜引越のときに今の家に持ってきてないということは内容はそうガツンとくるものではなかったのでは、とのことだった。それに有名作品のタイトルを題にするのは賞狙いという気もしてあまり好ましくない感じがするとも言っていた。震災前の本棚で見かけた本というのもほとんど覚えていないが、確かに見かけたのは、その当時は単行本5巻組で重厚に見えた『竜馬がゆく』と(これは「おーい!竜馬」のアニメを見た頃だったし、興味本位で最後の龍馬暗殺のシーンだけ読んだ)、『どくとるマンボウ』シリーズのどれか(「昆虫記」か?)ぐらい、あとは『一年一組せんせいあのね』があった。

・この本の中身は何も覚えていないのだが、灰谷健次郎と鹿島和夫の編で「詩とカメラの学級ドキュメント」という副題があって、「あのね帳」に書かれた小学生の詩を扱っている。「あのね帳」は「せんせい、あのね。」で書き始めて「昨日は〜したよ。」のような感じで先生に聞いてもらう形式で小学校1年生から書く作文だが、全国的に行なわれていたのかは知らない。震災で少しの間通った名塩(西宮市)の小学校にはなかった(「あのね帳」スタイルで転校前の音楽会か何かのことを書いたら変だと言われた)から、関西全体でもどうかわからない。鹿島和夫氏は元神戸市の小学校教諭で「『あのねちょう教育』という独自の実践に励む」とあり(?)、神戸市では広く実践されていたのだろうか、このあたり不勉強だしミネルヴァから本が出ているので読んでみたい。
それで、3年ほど前に名塩から持ち帰った小学生のときのノート類のなかに「あのね帳」が5冊あって(ただし3冊は「おはなし帳」)、前後関係がよくわからない部分もあるが、今から21年前(1993年)の7月3日が最初(写真)でだいたい小学校2年までの内容のようだ。体育館が改修中で、1年生の年だけ区民センター(うはらホール)で音楽会をしてバスキーを弾いたこと(しかも平日と土曜日の2回、児童だけの回と保護者に見てもらう回)とか、YMCAの野外活動の1月の例会で芦屋の東おたふく山に行き、ものすごく寒いわ地面が凍っていて転んで泣いたこととか、忘れていたわけではないが、細かく書いてあって、本当に懐かしい。


・YMCAの例会や各キャンプのことは「あのね帳」にも夏休みのあいだの絵日記帳にも書かれていて、実家に帰れば野外活動の写真だけをまとめたアルバムもあるから、行った場所もリーダーの名前もだいたいのことは思い出せるのだが、リーダーのギターの伴奏で歌っていた歌は、そのものを聞かない限り思いだせないものも多い。「あのね帳」には冬に行った神鍋のクロスカントリーのときに「かりのうた」を歌ったとあるが、これなど全然覚えていない。最もよく歌った「パフ」や「おじいさんの古時計」は学校で習うものと歌詞が違っていて、どちらも野外活動で歌ったもののほうがなじみがある(「怪獣のバラード」も、合唱曲のピアノ伴奏のものとはサビの部分のシンコペーションはなかったりして微妙に違っていた)。どちらも定期的に歌詞が知りたくなってその度に調べるのだが、パフのほうは比較的すぐ見つかる(mixiの余島キャンプのコミュニティ?)のに、「おじいさんの古時計」は調べ方が甘くて1番の歌詞ぐらいしか見られていず(?)、正確には「お祖父さんの時計」の題で門田ゆたか作詞で1940年にレコードが出た、ぐらいしか知らなかったのだが、今回ちゃんと調べて音源も見つけられた(?)。しかしYMCAで歌ったものとは微妙に違うところもあったような気がして、まだすっきりしない(2番の2行目はこのようでなかった気がする)。

(1番)
おとぎの国の山よ川よ 小人たちよ シンデレラのお姫さまよ 消えて今はいずこ
楽しい夜が訪れたのに 振り子の動かない 時計 時計 おじいさんの古時計
※くりかえし いつも楽しげにチクタク チクタク ささやいてたのに チクタクチクタク 時計 時計 おじいさんの古時計

(2番)幼いころの夢が 今も胸に浮ぶ 白い髭に丸い背の おじいさんの姿
優しい声は聞かれないけど あの日の時を指す 時計 時計 おじいさんの古時計
※くりかえし

この曲はテンポを速くしてノリよく歌う感じだったのに、「大きなのっぽの…」とはまた違う、妙にさびしい感じがしたのをよく覚えている。
まったく忘れていて思い出すこともなかった曲のうち、?に書き込みのある「世界はまわる」で始まる曲は、最初はほとんど思い出せなかったのだが、口ずさんでみたらほぼ全部メロディが甦ってきた。単純なメロディだしどこかに原曲や歌詞があるのかもしれないが、ちょっと見ただけでは出てこない。YMCAに行けば歌本があるのかもしれないが、できれば、かつてリーダーだった人や、野外活動に行ったことのある人との思い出話の中で思い出したいところ(だが、パフや古時計と同じく、その見込みもあまりなさそう)だ。

アルコ&ピースのANNは声が聞きやすくて二部から聞いておけばよかったと思ったが、それ以上に「よなよな」木曜日担当のダイアンが聞きやすい。特に津田さんの方は最初アナウンサーかと思った。ウーマンラッシュアワーのANN(二部)も最初ちょっと聞いたが、深夜に村本さんの早口はちょっと辛い(COWCOWの多田さんゲスト回がちょうど良かった)。

?http://blogs.yahoo.co.jp/boxerhiko/63616926.html
?http://www13.ocn.ne.jp/~ipao/sakuhin43.html
?http://kotobank.jp/word/%E6%9C%9D%E7%A8%B2%E6%97%A5%E5%87%BA%E7%94%B7
?http://www.meruhenhouse.co.jp/jisaku/jk0812.html
?http://akaru.mo-blog.jp/akarublog/2013/06/post_3c13.html
?http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=2710896&comm_id=200161&page=all
?http://www.h2.dion.ne.jp/~hana-t/clock.htm
?http://themuse.exblog.jp/17646948/